八上 公利  「はやぶさ」の快挙

(2010.11.26)健康増進口腔科学講座 口腔健康政策学ユニット 准教授 八上 公利



[筆者経歴]:昭和大学南雲正男先生の師事のもと大学院生として口腔外科を専攻。入局直後に木村義孝先生の師事のもとに治療に関わった、末期癌患者の原因である骨・軟骨肉腫の転移の早さに圧倒され、軟骨内骨化の研究をしていた角田左武郎先生やM.Pacifici先生に師事を受け骨代謝研究へのめり込んだ。現在、医療とは何かを学んでいるつもりである。
[趣味]:スキー、山歩き、ドライブ、写真撮影、ガラコン鑑賞
[好物]:チョコレート、コーヒー、BLTバーガー(これだけあればたぶん生きていられる)
[弱み・欠点]:怒っている人、笑顔の人、美人。忘れ易い癖に、気が多いこと。
[夢]:くるみ割り人形の兵士役となって、娘とバレエを踊ること。

2010年6月13日、私は、いや、日本が、世界もあっと驚いた。
JAXAの小惑星探査機「はやぶさ」の地球帰還の報道であった。

HAYABUSA 私たちと宇宙をつないだ探査機

2003年5月9日に鹿児島・内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられた、大きさわずか1.5メートル四方の「はやぶさ」が、小惑星「イトカワ」での7年間に渡る遥か宇宙の長旅を終えて地球に戻ってきたのであった。

そのミッションは、1985年の6月に始まっていた。当時、世界ではアメリカNASAのスペースシャトルの地球周回軌道への有人実験飛行が目白押しとなってきていた。その最中、1986年1月にスペースシャトル「チャレンジャー号」の事故により、7名の尊い人命が失われた。

しかし、大学院を卒業したての私が留学中であった1992年には、「ふわっと92」という日米共同プロジェクトが行われ、歯科界からのテーマ「骨と軟骨の発生と成長に及ぼす無重力の影響に関する研究(リーダー:須田立雄先生)」が行われた。そして、あの毛利衛さんがフロリダのケネディ・スペースセンターより鶏の受精卵を積んで宇宙へ飛び立ち実験を行った。

一方、「はやぶさ」計画は18年の年月を費やした。打ち上げられた「はやぶさ」は、世界初であるイオンエンジン(燃料電池による推進)とスウィングバイ飛行(重力と遠心力を利用した航法)により小惑星イトカワを目指した。

「イトカワ」に近づいた「はやぶさ」 (「イトカワ」は観測写真)

そして、2005年9月12日に小惑星イトカワに到着し、11月20日秒速4センチという微細な制御をしながら世界初の小惑星への軟着陸に成功。その後、また世界初である月以外の天体において、着陸したものが再び離陸をすることを行い、エンジントラブルなど幾多の困難を克服した後、オーストラリアのウーメラ地方の砂漠に予定地点よりわずか1キロメートルという誤差で着地した。

「はやぶさ」の名前は、小惑星でのサンプル採取が着地と離陸のわずか1秒ほどの間に行われる様子を、「隼」に見立てたリーダー川口氏らによりに提案された。計画が始まった頃、プロジェクトチームのリーダー3人は、皆30代だった。チーム全体が当時若く、開発当初から、一人一人が創意工夫を持って取り組んでいたという。最終的にはカメラなどの光学機器や計測機器などの専門家による8名のプロジェクトチームとなった。誰が何をしなければならないという義務ではなく、ある課題があると皆一丸となって努力し、自ずとアイデアを出し工夫をしていくというメカニズムにより難関を克服できたことを、プロジェクトのメンバーは大変誇りに思われているそうだ。

この方略は、我々医療の分野にも結びつく。個々に違う疾患の症状や治療中に起きる問題に対処するには、医療を行うチームが結束し情報を共有して個々の能力を持ち寄ることが必要である。

「はやぶさ」による「イトカワ」の科学的成果はたくさんの発見があり、宇宙航法や工学成果のみならず、宇宙理学観測面でも世界的に高く評価されている。2009年度に結果が出なかった時期は、日本政府の事業仕分けの対象にも上がってしまったが、NASAや世界各国の研究施設の協力もあり、最終的にはチームの粘り強い地道な努力の結果、見事にサンプルの回収に成功した。

生命の源となるアミノ酸には、右手と左手のように、形がそっくりでも重ならない二つの型(L体とD体)がある。「生物のアミノ酸は、宇宙で中性子星の出す円偏光という特殊な光が当たってL体ばかりになった」という「ボナーの仮説」がある。これを実証する実験が今行われているそうであるが、「イトカワ」や航行中に得た実験試料の分析により解明されるかもしれない。今後の研究結果と、様々な夢の実現への窓口となることが期待される。

「はやぶさ」の快挙は、真に科学の解明とその進歩には個々の物事をしっかり見据える目、それを支える地道な努力そして皆のチームワークが大切である事を改めて感じさせられた一報であった。

(画像:「はやぶさ」大型映像作製委員会より改変)