加藤 一誠  技術教育

05.9.14 健康増進口腔科学講座 教授 加藤 一誠

 技術教育、とくに歯科の領域においてはその実効性から、真理の追求が本分の大学とはいえども重視せざるをえません。いくら学問的知識があっても実際に使う技術がなければ歯科という特殊な領域では役に立たないからです。しかし、近年、技術教育は軽視される傾向がみとめられます。現実に全国の大学歯学部の実習時間がカリキュラムに占める割合は減少する傾向にあります。その結果、研修医制度に技術教育を頼らざるを得ない事態になってしまいました。国家試験に合格しても、十分に治療ができる技術力のある歯科医師になるのにさらに1年以上必要ということです。その研修医を修了しても勤務医としての即戦力としては期待できないという評判も聞こえてきています。
 
 私の専門とする歯科補綴領域はとくに技術教育が重要です。しかし、臨床の現場では、補綴装置を製作するときに、歯科医師よりも技術教育を主に受けてきた歯科技工士の方がイニシアチブをとっていることがしばしばみとめられます。補綴装置の製作では、本来、歯科医師が指導するという重要な役割を果たすべきところが、その任を果たせなくなってしまい、歯科技工士にお任せというのが現状ではないでしょうか。
 
 歯科技工士や歯科衛生士は学生時代に少なくとも2年で一人前になることを要求されています。また、卒業後も治療の現場では即戦力となることを要求されていますが、立派に期待に応えているように思われますし、それぞれの技術教育の成果が得られていると考えられます。歯学部生にもそれなりの忙しさがあるという事情はわかりますが、歯学部生が6年もかけても即戦力になれないというのは情けない気もします。

 歯学部における技術教育の問題を述べてきましたが、本当はもっと深いところに問題があるようにも思われます。近頃、ナイフを使って鉛筆を削れない子供たちが増えていると言われています。ナイフは危ないのでナイフを使わせないとか、鉛筆削り器の方が簡単で便利だからだということと聞いています。歯学部学生に対する技術教育を考えるときこの話は切り離せないものと思われます。

 子供たちはファミコンのジョイスティックやボタンの扱いは非常に上手です。しかし、それだけ上手に操作する能力のある子供が鉛筆の一本も削れないというのはどういうことでしょうか。子供の頃からの教育の一端を知る思いがします。歯学部の学生の技術教育を行う場合、学生それぞれの育ってきた家庭の教育環境にも配慮しなければならなくなったということでしょうか。

 歯学教育のように技術教育が重要な割合を占める領域では、教育の順序として先ず手を動かすところから導入する方が効率的なのではないかと思います。現在の歯学教育は生命科学や遺伝子学の分野まで勉強することを要求されており、技術教育に手が回らない状態だという悲鳴を現場からよく聞きます。そのうち、教育する立場の指導者にも技術教育ができない人が出てくることもさらに危惧されます。技術教育に関してこのままでよいとは誰も思っていないと思います。

 嘆いてばかりではいられませんので終わりに歯科領域における技術力低下の対策の一つにもなるかもしれない私の研究テーマの一つのCAD/CAM(Computer-Aided Designing/Computer-Aided Manufacturing)を使った歯冠修復治療支援システムを紹介しておきたいと思います。これはコンピュータのバーチャルな世界と歯科治療という現実の世界とを合体させる先進的なシステムと考えています。むし歯の治療で歯を削ったあとに歯の形と機能を回復するために、型採りから始まって修復物の完成までいわばテレビゲーム感覚で製作するシステムです。

 現行の歯科治療では、むし歯を削ったあとに成形充填、いわゆる詰め物をするか、歯科技工士が模型上で時間、労力、材料をかけて製作したインレーを装着しています。しかし、CAD/CAMシステムでは、歯を削った部分をレーザー光でスキャニングし、いわば光で型採りをした後に、生体為害性のないセラミクスのブロックをコンピュータ制御で削り出してその場で修復物を製作するというものです。

 現在はさらに進んで、冠やブリッジも十分な精度と強度とをもって製作できます。このシステムを使えば、コンピュータという今どきの学生の得意とする技術を活用することにより、技術教育の質を代えて時代のながれに沿ったものにすることができる一つの方法になるかもしれません。しかし、これはあくまで対策です。歯学部学生の本来の技術教育を今後どうするかを歯科界全体の問題として考えてゆく必要があると思います。