教員コラム 「留学のすゝめ」

(2011.01.19) 顎口腔機能制御学講座 生体調節制御学ユニット 准教授 富田 美穂子

松本に来て6年目になりました。
ここの長所は北アルプスがとても素晴らしいことと毎年小澤征爾に会えること、短所は冬の寒さが厳しいことだと思います。
私の現在の目標は、この地域の方言「へら」「まえで」という言葉を使用して地元の人と会話をすること、そして「信濃の国」が歌えるようになることです。

ベルンの街

明治5年に出版された「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり。」と始まる福沢諭吉の書では生来平等な人間に差異をもたらすのは学問だと説かれている。

さらに、同書には、「独立の気力なき者は、恥ずべきを恥じず、論ずべきを論ぜず、人をさえ見ればただ腰を屈するのみ。」とあり、これらの教えを強く意識したのは、1995年9月から1997年12月まで、スイスのベルンに住む機会が与えられている時であった。

人口2万人程度の平和な田舎町で育ちボーと生きていた人間が、突然知人のいない、言葉の通じない国で生活をしなくてはいけないこととなり、まずある程度の語学力を習得するためドイツ語の語学教室に5カ月通う事にした。

ところが、この教室はドイツ語で授業が行われ、いくらゆっくり話されても単語も文法も未熟な人間に授業が理解できるはずもなく、会話どころではない。他の生徒は、会話は出来るけれどより上質な仕事を得るために語学を学びに来ていた移民でした。

語学学校のクラスメイト

さて、そんな中で「ミホコは会話が苦手だから先に話をしな。」と話をするための十分な時間を与えてくれ、単語を並べただけの文章を理解し、言葉を返してくれたクラスメイトに感銘を受けた。日本で、「」内のような言葉が聞けるだろうか。私は出来の悪い生徒でありながらも温かいクラスメイトのお陰で楽しく勉強をすることが出来た。

ベルン大学付属病院

ドイツ語を学んでベルン大学に足を踏み入れると周りは英語で話しかけてくる。ドイツ語を母国語としているドイツ人の言葉は早く、スイス人は方言が強くてやはりドイツ語は理解できない。結局英語が重要だとわかっても、外国人と英会話をする機会もなかった私にとって再び言葉の壁にぶち当たった。

歯学部の校舎

そこで、ヒアリングは出来なくても本なら読めるかと思い大学の図書館にいくと、熱心に勉学に取り組んでいる学生が目に入った。国立大学しかないスイスの大学生はエリートであるにも関わらず、真剣な眼差しで本を読んでいる姿はあまりにも新鮮で私に勇気を与えてくれた。

授業に出てみると、1学年25名程度しかいない学生は、授業中にどんどん質問をするという参加型の授業であった。

歯学部口腔外科で外来や手術を見学していると、外来治療や日本で行ったことのないインプラント埋入手術までさせてくれた。

Dr. Daniel Buserとスタッフ

さらに、患者の画家夫妻に食事に招待されたり、病院実習生が外国人である私に質問してきたりと、髪の色が全く異なる人々に何のためらいもなく話かけられ、仕事も任され戸惑った。

誰かと食事をすれば必ず日本語でも答えられないような日本の文化や歴史を聞かれる。あるいは美術や音楽の話題が頻繁に出てくる。芸術は世界共通だと認識し、私はスイスで日本の文化、歴史、芸術を学んだ。

ヨーロッパでは、1人用のアパートが少ないため誰かと同居するのは当前だという事で同居人を募集したところ、すぐに素性も不明な私と一緒に住もうと申し出てくれたドイツ人女性に巡り合った。最初に「第二次世界大戦の同盟国だから仲よくしよう。」と言われ、次に彼女と戦争について語り合うために「ヒトラー」の本を読むはめになった。

また、重い荷物を運んだり電車から降ろす時、必ず知らない外国人が手伝ってくれた。日本人は外国人の荷物を持ってあげたりするだろうか。同居人を含めこの国の多くの人と接し、寛容な心と真の優しさを有する人間は自分をしっかり持っている人だと感じた。

「学問のすゝめ」は単に学問を重んじろということでなく、幅広い知識を持ち判断力のある自立した人間になりなさいと語っているのだろう。この書を綴る前に福沢諭吉はアメリカやヨーロッパの地を踏んでいる。

貴方も環境や人種の違う世界に自分をおいて異国の文化に触れてみませんか。人生観が変わるかもしれません。