教員コラム 「イノベーションが普及するまで」

06.11.30 健康増進口腔科学講座 教授 中田 稔

 先日、産学官連携サミットという政府肝いりの会議に出席した。今回のテーマは、イノベーションの開発と推進によって、資源の乏しいわが国の新しい活路を展開しようというものである。イノベーションの語源は、ラテン語の“新たにする“に由来し、”in”(内部)+”novare”(変化させる)、すなわち既存のものに新しいものを吹き込み、新たな富、価値を創造することを指すとある。つまりイノベーションとは、社会の仕組みや考え方を変革するような新しい概念や産物ということになる。世の中に無数のイノベーションがありながら、それが実際に社会に受け入れられ、実用に供されるのは、ほんのわずかな数に過ぎない。その分かれ目は何処にあるのだろうか。

 私は、院生時代から、口腔領域の成長発育に“遺伝と環境”がどのように関わるかを調べるために、ふたごの資料を集めて遺伝解析する研究に携わっていた。あるとき、後輩から、そんなことをしてどんなことに役立つのか?と質問され、私なりに説明すれども、十分な同意を得ることは難しかった。それ以来、自分がしていることを、他に理解してもらうことの大切さと、一方で如何にそれが難題であるかを、いつも考えるようになった。そのような折に出会った一冊の本が大きな示唆を与えることとなった。それは、W.M.Rogersの Diffusion of Innovations(The Free Press, London, 1962)という本で、イノベーションが社会に取り入れられてゆくプロセスが解明されており、以後、何かにつけてこのことに関する知識が役立つようになった。そのことがあって、10数年たったあるとき、教育改革に関する日本大学の桜井医学部長先生の講演を聴いていたとき、このことと同じ話が出てきて、わが意を得たりと思った次第である。こんなことをJournal of Dental ResearchのEditorialに書いたところ、何人かの人に面白かったとのコメントをもらった。そこで、最近話題のイノベーションということについて述べてみることにする。

 イノベーションが社会に普及してゆく過程には、一定の原則があるという。多くの場合、気付き—関心—評価—試行—採択という5つの段階を経る。気付きの時点から採択される最終段階までの流れは、時間軸を横に、普及度を縦軸にとって図示すれば、ちょうどS字のようないわゆる成長曲線を描く。最初はゆっくりと始まり、途中で加速度的に受け入れられ、最後にまた緩やかなカーブを描いてほぼ100%の普及が達成される。

 しかも、5つの各段階において、イノベーションを理解し、採択し、実行する人達には共通の要素、性格が存在する。最初の段階は、イノベーションを世に出す人、提言する人が当然いるわけである。この最初の人は、多くの場合、向こう見ずな大胆さや冒険心を有する人。そうすると、最初の人を取り巻く人達、信奉者のような人達が受け入れてくれる。この人達は一般にオピニオンリーダー的要素を有していて、この人が良いと言うなら大丈夫と周りに思わせるようなタイプ。そこで、集団の半数に当たる群が(早期多数者)、後を追ってゆくことになり、集団の過半数が、この段階で受け入れることになる。この早期多数者は、着実な性格の持ち主で、指導性はもたないが、事を正当化する上では重要な役割を果たしている。そうすると、いつも懐疑的に物事を眺めるタイプの後期多数者がついて来る。この人達は、大部分の人達が受け入れるまでは、じっと状況を見ていて、ついに社会的なプレッシャーで結局受け入れるのである。周囲の保証がないと納得できないタイプである。そして最後に数パーセントのわずかな人が取り残される。このグループは、なにかにつけてぐずぐずしている消極的な人達で、新しい事柄についてゆけない。この最後についてくる人達は、一般に社会的にはほぼ孤立しているような人が多く、この群が受け入れる頃には、既に次期のイノベーションに取って代わってしまっている場合もある。

 イノベーションが社会に受け入れられ、実行されるまでのスピードは、①今までのものに取って代わる利点があるか(経済性や便利さなど)、②過去のものとの互換性や両立性(あまりに突飛なものは広範囲に受け入れ難い)、③ある程度の複雑さ(ちっとも変わっていないと思われれば、取って代わる必要はない)、④限った範囲で試すことができるか、⑤他者に容易に説明できる内容(宣伝性)など、5つの要件によって、コントロールされるという。

 このイノベーションの普及過程は、研究室から生まれる新発見が同じ仲間に受け入れられ、遂には社会的に幅広く一つの定理として定着するまでの流れでもあり、新薬や新製品が受け入れられ売れてゆく過程でもあり、また大学という組織や教育体制の改革というように、人の考えを変革しながら行動変容を促すような状況にも当てはまるのである。最初からすべての人が理解を示し、受け入れるというようなことはなく、また最後の段階に至っても、十分な賛同を得ることが難しい幾ばくかの人が存在するものと予測してかかれば、案外ことは易しく見えてくるということもある。まずは、たとえわずかな数であっても、自分の周囲に十分な理解者が居てくれることが出発点となる。