教員コラム 「初心は忘れられない」

顎口腔機能制御学講座 教授 井上 勝博

 久しぶりに研究室で免疫組織化学の染色を始めると、実験台の反対側にいたノルウェーから来ていた研究者が私に向かって「教授自身が切片の染色などをやるのは信じられない。切片の染色などは技術員がやることだ」と真剣な顔をして言った。しかし、私は好きでやっていたのである。その時、以前在籍していた大学のある教授のことを思い出した。松本に来ることになって、挨拶に行ったとき「自分はまだそんな歳でもないので、自分で手を動かして研究を続けていきたい」と言うと、教授は自ら手を動かすような研究をやってはいけないとかなり強い調子で言われた。確かに教授になると自ら手を動かすことから退いて、大学院生などの指導に回り、組織の管理運営に力を注ぐことが多くなるのが通例なのかもしれない。
 
 私は肉眼解剖学をテーマに研究生活を始めたので、人を集め大きな組織を作り研究するというスタイルを取る必要を感じなかった。大会社のような組織を作って研究を進める人もいるし、私のような家内工業的な研究組織もある。最近の新聞にマツダの社長が「うちはトヨタと違う。巨人と競うつもりはありません。極論を言えば、10人のお客さんのなかで、一人だけがマツダ車を気に入って買ってもらえばいいわけです。マツダらしい走りのいい、個性的な車を出し続ける。山椒がピリリと利いた小粒な会社こそ理想です」と述べていた。大会社のような研究組織では人と設備に投資すればするほど論文の数も多くなるが、常に他の組織より上回らなければならない宿命を背負っている。科学革命の構造を書いたクーンは、バラダイムの転換は量から質への転換によるものではないと言っている。これが正しければ,案外家内工業的な組織にも勝ち目はあるのかもしれない。
 
 現場にこだわる人は私だけではないだろう。30年も前に留学したアメリカのNIHにおいても、現場での実験をやりたいためにラボチーフという管理職を降りる人の話を聞いた。最近ではノーベル賞を受賞した島津製作所の田中耕一さんだろうか。管理職になることを断って、現場にいることにこだわった。大学時代に指導教授からテーマを与えられ、研究が始まると明日は何をしようかと夜眠れないほどわくわくしたことを思い出す。また、染色をしていて良い結果が出てくると鼻歌も出る。この楽しさは捨てがたいのである。