講座紹介

口腔顎顔面外科学講座  - 最近の教室の活動から

2)歯周組織再生促進薬の開発

 平成11年歯科疾患実態調査では、1人平均喪失歯数の減少傾向が認められるものの、歯肉に所見のある者の割合は73%で、働き盛りの45~54歳では88%と最も高い率となっています。歯周病の罹患率は、健康や医療費の面からも社会的問題となっており、抗菌・消炎効果を有する組織再生促進薬の開発が望まれてきました。現在、歯周病治療では、無細胞セメント質を形成させるエムドゲインを用いた歯周外科治療が臨床応用されています。しかし、動物由来であること、抗菌・消炎作用がみられないこと、高いコストで術者によって治療成績が異なることなど、一般的な歯周治療として定着するには、解決すべき問題が残されています。そこで、私たちは、さらに安全で低コスト、誰にでも適用可能な薬剤の開発を模索してきました。 私たちが臨床応用を目指していますポリリン酸ナトリウム(以下ポリリン酸)は、リン酸が直鎖状に重合したリン酸ポリマーのナトリウム塩です。ポリリン酸は、ほとんどすべての生物種の細胞内、組織内に存在し、食品や歯磨き粉などにも添加され、安全な生体高分子と考えられています。このポリリン酸は、1950年代から細菌学の分野で盛んに研究されてきましたが、生体からの抽出・精製と鎖長の同定等の分析が困難なため、哺乳動物における生理的役割については、ほとんど明らかにされていませんでした。2003年7月、共同研究者である北海道大学大学院工学研究科助教授(現富士レビオ株式会社先端研究部)柴 肇一博士が、ポリリン酸が線維芽細胞増殖因子(FGF)と結合して安定化し、その作用を増強することを明らかにしました(図1、2; J. Biol. Chem.278:26788-26792,2003)。この発見は、ポリリン酸の生理的役割を研究する上でブレークスルーとなりました。FGFは、骨芽細胞、線維芽細胞、歯根膜由来細胞の増殖を促進し、コラーゲン合成を促進し、創傷の治癒や骨基質の形成に関与することから、私たちは、ポリリン酸を歯周病治療に応用できるのではないかと考え、平成13年度より産学官連携イノベーション創出事業費補助金(研究代表者:柴肇一、文部科学省)によって北海道大学大学院工学研究科及び歯学研究科と共同研究を開始しました。その研究成果によって、薬効の高いポリリン酸の分離法、ポリリン酸の抗炎症効果、象牙質再生促進効果に関する特許を出願しています。さらに、平成15年12月より科学技術振興機構の大学発ベンチャー創出事業補助金(開発代表者:山岡 稔、研究分担者:古澤清文、上松隆司、柴 肇一)に採択され、本年1月より「ポリリン酸ナトリウム製剤(PP-CMC)の歯周組織疾患に対する消炎・組織再生促進効果および安全性を検討する臨床試験」を開始しています。
 ポリリン酸の作用で重要な点は、歯周炎やう蝕の原因菌に対して殺菌的に作用することです(図3)。これはポリリン酸が、陰性に強く荷電していることによって細菌の細胞壁の極性を消失させているものと考えられます。最近の歯周病菌に関する研究では、P. gingivalisの薬剤交差耐性がクローズアップされていますが、ポリリン酸は歯周炎で用いられているテトラサイクリンなどの抗菌薬と作用機序が異なり、抗菌薬と交差耐性を示さないことが大きな利点と言えます。一方、硬組織の形成過程では、骨芽細胞におけるコラーゲンの合成やアルカリホスファターゼの活性が亢進するとともに石灰化が生じます。骨芽細胞の培養実験では、石灰化を誘導すること(図4)、さらにラット歯周疾患モデルを用いた動物実験では、ポリリン酸を処理した実験群において歯周組織再生促進効果が確認されています(図5)。
 最近では、好中球から産生される炎症性サイトカインのIL-1βの発現を抑制することも判明し、消炎効果を促進することが示されています。すなわち、ポリリン酸は、抗菌・消炎効果と歯周組織構成細胞の活性化という歯周炎治療には欠かせない薬の条件を持つことが明らかになりました。現在、臨床試験ではこのポリリン酸にカルボキシメチルセルロースナトリウムを配合したPP-CMCを試験薬として用いています。  現在、ポリリン酸をどのように臨床応用していくか、製剤開発を含めて検討しています。ポリリン酸は、GTR膜(図6A)、骨欠損部への補填剤(図6B、C)、二次象牙質形成促進剤、根尖閉鎖を目的とした根管充填剤、FGF安定化創傷治癒促進剤、含嗽剤、歯磨剤、消毒薬、ホワイトニング剤などに応用可能ではないかと期待されます。今のところ、ポリリン酸の液剤(PP-CMC)(図6D)を用いて臨床試験を行っています。これは、ポリリン酸の歯周炎に対する消炎効果、スケーリングとルートプレーニング後の歯周組織再生促進効果ならびに安全性について評価することを目的としています。ポリリン酸の効果は、臨床症状に加え、歯肉溝(ポケット)滲出液から抽出した微量蛋白質中の炎症性サイトカインや骨代謝マーカーを測定して客観的に評価しています。これまで副作用を認めず、ポリリン酸を投与した歯肉溝(ポケット)滲出液中の炎症性サイトカイン量は減少することが明らかになりつつあります。

    • 図1:ポリリン酸による線維芽細胞増殖因子
    • FGF−2を緩衝液中で37℃において12時間以上保温し、どの程度安定に存在するかを免疫学的に検出した。12時間保温後、2時間ごとにサンプリングし、FGF−2の残存量をバンドの強度で評価した時、ポリリン酸を含む緩衝液中で保温したものは、保温24時間後でも残存しているのに対し、緩衝液のみもしくは緩衝液にリン酸(オルトリン酸)を含むものは、FGF−2がほとんど分解し、24時間後の残存は確認できなかった。FGFは一般的にたいへん不安定なタンパク質であることが知られており、生体内でもポリリン酸によるFGFの安定化現象が起こっているとすれば、対外からポリリン酸を補うことによって、FGFの機能が増強される可能性は高い。実際に一般的な皮膚の創傷治癒もポリリン酸によって促進されることがわかっている。
    • 図2:ポリリン酸によるFGF安定化機構の
    • FGFはそのものは単体でたいへん不安であり、多数のFGFがお互いに結合して多量体を形成すると比較的安定化することが知られている。ポリリン酸がFGFに結合することはすでに確認されているが、ポリリン酸によるFGFの安定化メカニズムとして、ポリリン酸がFGFの多量体化を促進している可能性が高い。紐状のポリリン酸分子が複数のFGFに結合し、FGF同士の結合を助けることによって、FGFを安定化しているのかもしれない。また、ポリリン酸はFGFとその細胞表面レセプターとの結合強度(親和性)を強めることもわかっている。つまりポリリン酸が細胞表面の近傍に存在すると、FGFを安定化しつつ、そのレセプターへの結合を助けて、細胞の増殖活性等を増大させることになる。
    • 図3:歯周病菌(Porphyromonas gingivalis)とう蝕菌(Streptococcus mutans)に対する抗菌作用
    • 異なる濃度のポリリン酸を含む培地で細菌を3日間培養した。細菌数(%)はポリリン酸を含まない培地で培養した細菌数に対する各濃度のポリリン酸を含む培地で培養した細菌数の百分率で示す。
    • 図4:ポリリン酸の石灰化誘導作用
      (アリザリンレッド染色)
    • マウス骨芽細胞様細胞にポリリン酸を添加して25日間培養した.石灰化誘導物質である?−グリセロリン酸と同様に石灰物の形成がみられた。
    • 図5:骨組織の形成促進作用
    • ラットの下顎臼歯の骨を削除し、骨削除最深部の根面にノッチ(→)を形成した.歯周ポケットにポリリン酸を3週間塗布後、脱灰切片を作成し、ヘマトキシリン・エオシン染色を行った。ポリリン酸処理群では骨の形成促進がみられた(?)。
    • 図6:ポリリン酸製剤
    • A.吸収性GTR膜 B.骨欠損部への補填剤
       C.抜歯窩補填剤 D.PP−CMC製剤とアプリケータ
      ●ポリリン酸の生物学的役割―分子化石が骨形成を制御する―
       上松隆司
       日本口腔組織培養学会雑誌第17巻第2号p1-13(2008)

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